バス停のおじいさん

二十代のころの、冬のはじめ。

職場で人間関係の難しさを目の当たりにしつつ、

連休が取れると、いつも旅行に出かけていました。

この日も、とあるバス停で、始発を待っていました。

           

「一人旅ですか?」

見知らぬおじいさんが、笑顔で話しかけてきました。

白髪と髭が伸びているそのおじいさんは、

ペットボトルと新聞をたくさんくくりつけた

手押し車を引いていて、

「わしゃそこの橋の下で寝起きしとる」

ホームレスの人でした。

ちょっとびっくりしましたが、私はのんびりしているので、

どこか話しかけやすかったのかもしれません。

          

おじいさんは私に旅先をたずね、そうかそうかと頷き、

自分の身の上話を聞かせてくれました。

「わしゃ昔は県外で自営業をしとった。

 でも何もかもうまくいかなくなってね。

 家を捨てて、ここに来たが、

 ある人との出会いで、生き方のすべてが変わった。」

その人がどこの誰かはとくに仰いませんでしたが、

おじいさんはその人のおかげで悩みがふっきれて、

とても明るい人になれたそうです。

「わしゃ、自分の足でいろんなところを旅した。

 それからはすごく、楽しかった。

 本当はみんな、自由なのにね。

           

旅からここに帰ってきたおじいさんは、

日雇労働で生計を立てて、仕事が休みの日は

このバス停で、乗客のひとりひとりを見ているそうです。

「昔はこんなに人に話しかけたりしなかったのにねえ。」

そうしているうちに、私の乗るバスが来ました。

「気を付けてね。忘れ物ないようにね」

おじいさんは、バスが見えなくなるまで

手を振ってくれました。

            

あれから二十数年。

今でも、冬がはじまるころになると、

「本当はみんな自由」と楽しそうに言っていた

あのおじいさんの笑顔を思い出します。

そして今なら、あのころよりも実感を持って

「そうですねえ」と頷く、

やはり、のんびりとした自分がいます。

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