今から25年前の話です。
19歳の夏休みに、何か楽しいことはないかと、
行先を決めずにひとりで各駅停車に乗った事がありました。
山とわずかな建物しか見えない駅で降りて、ベンチに座っていたら、
近くに座っていた老夫婦と目が合い、お婆さんがにっこり笑いました。
なんだかその感じがすごく良くて、
思わず「よかったら一緒に観光しませんか」と声をかけていました。
どこまで歩いても山と川ばっかりでしたが、いろんな話をしました。
お二人は日本一周の旅の途中で、ご主人は役場、奥様は教師を
それぞれ定年退職したとの事でした。
ひなびた食堂でそばを食べ、ひとしきり談笑した帰り道、
売店でお土産まで買ってくれようとしたので断ろうとしたら
お婆さんがにっこり笑ってこう言いました。
「いいのよ、私達、うれしいの」
駅まで戻り、少しの待ち時間のあいだ、
近くの公民館からラジオ体操が流れてきました。
老夫婦は楽しそうに体操をはじめました。
ああ、いいなあ。なんてのどかな光景なんだろう。
この時に感じた、やさしくて大きな心地よさは
この旅のいちばんの思い出になりました。
間もなく、私の列車が先に来たので、お礼とお別れの挨拶をし、
出発してからもお二人はずっと手を振って見送ってくれました。
その後、無事帰られた二人にお茶菓子を送り、
7、8年ほど手紙のやりとりをしていましたが、
いつしか途絶え、今に至ります。
ご健在ならもう90歳前後。
覚えていらっしゃるか、届くのかもわかりませんが、
ちょっと葉書でも出してみようかな。